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15世紀の歴史

 ヨーロッパ・中東では1453年、オスマン帝国により東ローマ帝国が滅ぼされ、古代から続いてきたローマ帝国は完全に滅亡した(この事件から「中世の終わり」とする場合がある)。オスマン帝国の勢力が拡大し地中海の交易を支配すると、15世紀中頃から新たな交易ルートの開拓を目指して、ポルトガル・スペインを中心に航海ブームが起き、大航海時代に突入した。1492年、クリストファー・コロンブスがアメリカ大陸に到達すると大きな転機となり、ヨーロッパ諸国はしのぎを削って新大陸への進出を開始することとなる。
またフィレンツェ・ミラノ・ヴェネツィア・ローマ・ナポリの連携によるローディの和約はイタリア半島の安定をもたらし、哲学・科学・芸術などにおけるルネサンス文化は各地で発展した。その影響はアルプス以北の西ヨーロッパ諸国にも及び北方ルネサンスが形成された。また石炭がエネルギー源、暖房用として大変重要になった。
 日本では室町時代の中期にあたる。応仁の乱(1467年)、または明応の政変(1493年)以後は全国各地で戦乱が頻発し戦国時代に区分される場合が多い。戦国時代には室町幕府権力の著しい低下、幕府と守護の体制の崩壊などにより、戦国大名の乱立が起き全国動乱の時代に突入した。この動乱は約1世紀に渡り続くことになる。


1401年
足利義満が肥富某・僧祖阿らを明に派遣する。
土御門内裏の修繕が始まり、諸国に造内裏段銭を課する。
足利義満李氏朝鮮に使いを派遣する。
李氏朝鮮の太宗が中国の明朝より朝鮮国王として冊封を授かり、王を名乗る事を正式に認められる。
ティムールのダマスカス占領・バグダード占領。
ダマスカスとの和平交渉でティムールと歴史家イブン・ハルドゥーンが会見。
フィレンツェのサン・ジョヴァンニ洗礼堂青銅扉の作成競技でギベルティが優勝する。
1402年
アンカラの戦いでティムールがオスマン帝国を破る。
明の燕王が建文帝を倒して第3代成祖永楽帝として即位。
足利義満が中国の明より日本国王として冊封を授かり、王を名乗る事を正式に認められる。
スマトラ島のシュリーヴィジャヤ王室のパラメスワラ王子がマラッカ王国を建国。
1403年
明の永楽帝が北平を都に定める。
1404年
冊封使が初めて琉球へ来琉。日明貿易勘合貿易)始まる。
1405年
明への遠征途上のオトラルでティムールが病没。
明の成祖永楽帝鄭和を南海遠征に派遣( - 1433年)。
1406年
ベトナムの胡朝が崩壊し明へ下る。
紫禁城の建設始まる。
1407年
パリでオルレアン公ルイがブルゴーニュ公ジャン(無畏公)の配下によって暗殺される。
朝鮮で太宗の仏教弾圧。
1408年
足利義満死去。
1409年
ピサ公会議


1410年
グルンヴァルド(タンネンベルク)の戦い、ポーランド王国ドイツ騎士団を破る。
鄭和の艦隊とセイロンのライガマ王国軍が交戦、鄭和は国王アラカイスワラらを捕虜とする。
周文の「芭蕉夜雨図(東京国立博物館蔵)」が描かれる。
1411年
明使の入京拒否による国交断絶( - 1432年)。
1412年
後小松天皇が譲位し、第101代称光天皇が即位。
1413年
アムール川河口の奴児干(ヌルガン)に派遣された明の女真人宦官亦失哈(イシハ)が石碑「奴児干永寧寺碑記」を建てる。
1414年
コンスタンツ公会議( - 1418年)。
マラッカ王国でイスカンダル・シャーが即位。この時期までにマラッカ王国はイスラム教に改宗する。
1415年
アジャンクールの戦い
ポルトガルセウタ攻略。
宗教改革ヤン・フスの火刑。
ホーエンツォレルン家のフリードリヒ1世が世襲ブランデンブルク選帝侯位を獲得。
1415年以前
如拙の「瓢鮎図(妙心寺塔頭退蔵院蔵)」が描かれる。
1416年
エンリケ航海王子がサグレス一帯に「王子の村」を建設し航海学校を開設。
サヴォイア公国が成立。
上杉禅秀の乱
1417年
イングランドでロラード派のジョン・オールドカースルが処刑される。
1418年
鄭和の艦隊の分団が東アフリカのマリンディに到達。
1419年
応永の外寇
ポルトガルマデイラ諸島発見。
モントロー会議で、ブルゴーニュ公ジャンが暗殺される。
フィリップがブルゴーニュ公を継ぎ、宮廷はディジョンからブリュッセルに遷される。
第一次プラハ窓外投擲事件によりフス戦争が勃発( - 1439年)。


1420年
トロワ条約でイギリス王ヘンリー5世がフランス王位継承権を認められる。
明で宦官による特務警察の東廠が設置される。
北京に天壇が設置される。
1421年
明の永楽帝が北平を北京と改名し正式に遷都する。
1422年
雲南地方で麓川の乱。
イングランド王ヘンリー5世と、フランス王シャルル6世が相次いで死去。
イングランド王ヘンリー6世が、イングランド・フランス共通の君主に選出される。
アスカーニエン家が断絶し、ヴェッティン家のフリードリヒ1世がザクセン選帝侯を継承。
ロマの集団がイタリアのボローニャに出現する。
1423年
足利義量室町幕府第5代将軍となる。
1424年
明の洪熙帝が第4代皇帝に即位。
朝鮮で世宗の仏教弾圧。
1425年
明の宣徳帝が第5代皇帝に即位。
1428年
称光天皇が没し、第102代後花園天皇が即位。
正長の土一揆
ベトナムで黎朝成立。
1429年
足利義教室町幕府第6代将軍となる。
ティムール朝君主ウルグ・ベクがサマルカンド天文台を建設。
ジャンヌ・ダルクがオルレアンを解放。ランス大聖堂にてフランス王シャルル7世の戴冠。


1430年
コンピエーニュの戦いで、ジャンヌ・ダルクが捕虜となる。
ブルゴーニュ公フィリップにより金羊毛騎士団が設立される。
1431年
バーゼル公会議
アゾレス諸島発見。
ルーアンにてジャンヌ・ダルクが処刑される。
アユタヤ朝によりクメール朝の都アンコールが陥落する。
1432年
ファン・エイク兄弟によるヘントの祭壇画が完成する。
鄭和の艦隊の分団がラスール朝支配のアデンからメッカに到達。
1434年
コジモ・デ・メディチフィレンツェにおける支配権を確立( - 1494年)。
ポルトガル艦隊がボジャドル岬(ボハドル岬)を通過。
世阿弥佐渡島に流される。
1435年
スウェーデンが一時的にカルマル同盟を脱する(議会の開始)。
アラスの和約でフランス王とブルゴーニュ公が和解。
明の英宗正統帝が第6代皇帝に即位。
ナポリ女王ジョヴァンナ2世死去により、アンジュー王家とアラゴン王家が王位を争う。
1437年
フェラーラ公会議
神聖ローマ皇帝ジギスムントが死去し、ルクセンブルク家が断絶。
ハプスブルク家出身の娘婿アルプレヒト2世がドイツ王となる。
1438年
パチャクテク即位によってインカ帝国は国家として再編する。
1439年
フィレンツェ公会議
フランス議会がブールジュの国本勅諚を採択。


1440年
結城合戦
1441年
嘉吉の乱
ポルトガル艦隊がブランコ岬に到達。
1442年
足利義勝室町幕府第7代将軍となる。
アラゴン王アルフォンソ5世がナポリ王位を獲得し以後定住する。
1443年
禁闕の変⇒京都で起こった後花園天皇内裏の襲撃事件。吉野朝廷南朝)の復興を唱える後南朝とされる勢力が御所に乱入し、三種の神器の一部を奪い比叡山へ逃れた。三種の神器はその後、赤松政即が奪還。
1444年
ヴァルナの戦い。
ポルトガル艦隊がセネガル川とヴェルデ岬に到達。
1446年
朝鮮の世宗のもとで「訓民正音」が公布される。
1448年
鄧茂七の乱。
東西教会合同に反対したロシア教会会議がモスクワ府主教にイオナを選出。
ロシア正教会コンスタンティノポリス教会から事実上の独立を果たす。
1449年
明で土木の変。皇帝英宗正統帝がオイラートのエセン・ハーンの捕虜となる。景泰帝が第7代皇帝に即位。
ティムール朝の君主ウルグ・ベクが暗殺される。
足利義政室町幕府第8代将軍となる。


1450年
フランチェスコスフォルツァがミラノ公となる。
1453年
オスマン帝国コンスタンティノポリスを陥落させ、東ローマ帝国滅亡
カスティヨンの戦いによりボルドーがフランス軍に帰順し英仏百年戦争が終結。
エセン・ハーンがモンゴルのハーンとして即位するが、反発が強く翌1454年に殺害される。
1454年
享禄の土一揆が徳政を要求する。
ローディの和で、イタリアの五大国による和平協定が結ばれる。
ブルゴーニュ公フィリップがリールにて「雉の誓いの祝宴」を行う。
1455年
イングランドで、ヨーク家とランカスター家による王位争い(薔薇戦争)始まる。
ヨハネス・グーテンベルク活版印刷で聖書を印刷(グーテンベルク聖書)。
1456年
復権裁判法廷により処刑されたジャンヌ・ダルクの無罪が宣告される。
1457年
明で奪門の変により、英宗天順帝が第8代皇帝に重祚
後南朝皇胤の自天王・忠義王が殺害され赤松氏遺臣により神璽が奪回される(長禄の変)。
太田道灌江戸城を築く。


1460年
ポルトガル艦隊がシエラレオネに到達。
1461年
曹欽の乱が鎮圧され、曹吉祥が自殺する。
寛正の大飢饉
マーチ伯エドワードがイングランド王に選出され(エドワード4世)、ヘンリー6世が廃位される。
1462年
カスティーリャジブラルタルを占領。
1464年
後花園天皇が譲位し、第103代後土御門天皇が即位。
明の成化帝が第9代皇帝に即位。
1466年
文正の政変。
1467年
応仁の乱( - 1477年)。室町幕府が衰退し、戦国時代へ。
1468年
雪舟が遣明船で明へ渡航する( - 1469年)。
ブルゴーニュのシャルル突進公によるリエージュの占領と破壊。
1469年
ティムール朝サマルカンド政権とヘラート政権に分裂する。


1470年
ウォリック伯とクラレンス公によりヘンリー6世がイングランド王に復位。
しかし1年ももたずに政権は崩壊し、翌1471年にヘンリー6世は殺害される。
1471年
黎聖宗がチャンパ王国のヴィジャヤ王朝を滅ぼし領土を併合する。
チャンパ王国の王子シャー・パウ・リン(後のアリ・ムハヤット・シャー)が亡命しスマトラ島アチェ王国を建国。
1472年
モスクワ大公イヴァン3世が東ローマ帝国の皇女ソフィヤと結婚。
ワッタース朝フェズ王国が成立する。
1473年
足利義尚室町幕府第9代将軍となる。
1474年
越前一向一揆
1476年
青松寺開創。
1477年
ナンシーの戦いでブルゴーニュ公シャルル(突進公)がロレーヌ公ルネ2世に敗北し戦死。
ブルゴーニュ公国のうちネーデルラントは娘のマリー女公とその夫君であるマクシミリアン1世(のちの神聖ローマ皇帝)が継承。
1478年
パッツィ家の陰謀事件。
スペイン異端審問の始まり。
モスクワ大公イヴァン3世がノヴゴロド公国を併合。
1479年
スペイン王国成立。
アルカソヴァス条約。
オロモウツの和約でハプスブルク家オーストリアの支配権を失う( - 1490年)。
アステカ皇帝アシャヤカトルが「太陽の石」をテノチティトラン(現メキシコシティ)に奉献する。


1480年
ウグラ河畔の対峙により、モスクワ大公国のイヴァン3世がキプチャク・ハン国から自立(ロシア帝国の起源)。
フィレンツェナポリと平和協定を締結し、ローマ教皇の反メディチ包囲網は崩壊。
越中一向一揆
1481年
プロヴァンス伯領をフランス王ルイ11世が相続する。
1482年
足利義政が東山山荘(その一部が現在の慈照寺銀閣)の造営を始める。
1483年
イングランド王エドワード4世が急死。息子のエドワード5世が即位するも、叔父グロスター公により退位させられる。
ロスター公がリチャード3世として即位する。
1484年
バニョーロの和議。
1485年
ボズワースの戦いでヘンリー・テューダーがリチャード3世を倒す。
ヘンリー・テューダーがイングランド王ヘンリー7世として即位。テューダー朝始まる。
山城国一揆
1487年
明の弘治帝が第10代皇帝に即位。
六角征伐の鈎の陣( - 1489年)。
1488年
ポルトガルバルトロメウ・ディアス喜望峰に到達する。
加賀一向一揆
1489年
メジナデルカンポ条約。


1490年
足利義材室町幕府第10代将軍となる。
1491年
コンゴ王ンジンガ・ンクウがポルトガルの宣教師から洗礼を受け、洗礼名ジョアン1世を名乗る。
フランス国王シャルル8世がアンヌ・ド・ブルターニュと結婚。
1492年
ナスル朝が滅亡しレコンキスタ完了。
クリストファー・コロンブスカリブ海の島々に航海。いわゆる新大陸の発見。
スペインからのユダヤ教徒追放令。
1493年
明応の政変により足利義材が将軍職から追放される(日本の戦国時代の幕開けとされる)。
教皇アレクサンデル6世により教皇子午線が決定される。
サンリスの和約により、ブルゴーニュ公遺領の正式分割が決定。
1494年
スペインとポルトガルがトルデシリャス条約を締結。
フランス王シャルル8世のイタリア遠征(イタリア戦争の始まり)。その途上、フィレンツェメディチ家が追放される。
足利義澄室町幕府第11代将軍となる。
1495年
神聖ローマ帝国のヴォルムス帝国議会
皇帝マクシミリアン1世による「帝国改造」として「永久ラント平和令」が布告され、帝国最高法院が設置される。
北条早雲(伊勢盛時)が足利茶々丸を追放し堀越公方を滅ぼす。
1496年
ローマ教皇アレクサンデル6世により、スペイン国王夫妻フェルナンドとイサベルが「カトリック両王」の称号を授けられる。
1498年
南アメリカ大陸発見。ヴァスコ・ダ・ガマがインドまで航海。
フィレンツェサヴォナローラが処刑される。
明応地震で、かつて淡水湖であった浜名湖津波により太平洋とつながる。
1499年
シュヴァーベン戦争での勝利によりスイスは神聖ローマ帝国からの事実上の独立を勝ち取る。


1500年
ペドロ・アルヴァレス・カブラルがブラジルに到着。
神聖ローマ帝国アウクスブルク帝国議会
シャイバーニー朝によりティムール朝サマルカンド政権が崩壊。
後土御門天皇が没し、第104代後柏原天皇が即位。
1500年頃
応仁の乱で途絶えていた祇園祭が京都の町衆により再興される。